遺言書が見つかっても、きちんと遺言の方式に沿って作成されていると言えるかや、自筆証書遺言の場合、本人の筆跡であるかどうかが問題とされたり、あるいは、遺言書が作成された時点における遺言者の意思能力(遺言能力)が疑問視されたりして、その有効性が争われる場合があります。
一、遺言書が無効になる場合
遺言が無効になるケースには、①遺言者の意思能力(遺言能力)がない場合、②遺言の方式に沿って作成されていない場合、③遺言書が偽造された場合などがあります。
①遺言者の意思能力(遺言能力)がない場合
遺言能力とは、遺言内容を理解し、遺言の結果を認識できるだけの判断能力のことを言います。
したがって、遺言能力がない状態で書かれた遺言は無効です。
②遺言の形式的要件を欠く場合
<自筆証書遺言の場合>
1 全文自筆で書かれていない(※財産目録を除く)
2 日付が特定できない・押印が抜けているなどの様式性の欠如
3 加筆・修正の手順間違い
(※)相続法改正により、財産目録の部分についてはパソコンで作成しても有効となりましたが、
自書していない財産目録については、作成したその全ページに署名及び押印が必要です。
自筆証書遺言は、形式的要件を欠き、無効になりやすいです。
<公正証書遺言の場合>
1 遺言の趣旨の口授の要件を書く場合
2 不適格な証人を利用した場合(※)
(※)証人になれない人は「欠格事由」として規程されており、①未成年者、②推定相続人(相続
人の予定者)及び受遺者(財産をもらう人)並びに、これらの配偶者及び直系血族、③公証人の
配偶者、4親等内の親族、書記及び使用人とされています。
③遺言書が偽造された場合
自筆証書遺言を本人が書いていない場合にもその遺言は無効となります。また、本人が残した遺言書の一部を他人が書き換えたりした場合も無効です。
裁判で、自筆証書遺言を本人が書いたかどうかが争いになった時は、筆跡鑑定が重要な証拠となります。自筆証書遺言は偽造等で有効性が争われる場合があるので、注意が必要です。
二、★高齢者が遺言を残すときの注意事項
①公正証書遺言にする
公正証書遺言は、公証人が公証役場において証人二人の前で、遺言者に遺言能力があるかどうかしっかりと判断し、法律上のミスなどもチェックして遺言を作成してくれるので、内容の不備によって遺言が無効になることや、偽造のおそれもありません。第三者が誰も確認しない自筆証書遺言に比べてはるかに信用性は高まります。
②主治医の診断を受ける
遺言を作成した後に、遺言作成時に遺言能力がなかったなどと言われないようにするために、遺言を作成する前に主治医の診断を受け、長谷川式簡易知能評価スケール(※)などの認知症の検査を受けておくと良いでしょう。
(※)この検査は30点満点で、大きな目安としては20点以下の場合には遺言能力に疑いが生じ、認知症であることが確定している場合は、20点以上で軽度、11~19点で中度、10点以下で高度と判定されます。
③遺言者の普段の生活の様子を記録に残す
遺言者自身が日常生活状況を日記に書き留めたり、同居の家族などが遺言者の普段の生活の様子や会話をビデオに記録しておくなど、遺言作成時に遺言者に遺言能力がしっかりあることを立証するための客観的な資料を残しておくことが大切です。
三、遺言能力で遺言の有効性が争われる場合
遺言作成時に遺言者に遺言能力がなければその遺言書は無効ですが、ただちに「認知症=遺言能力がない」と判断されるわけではありません。
遺言能力は遺言の内容、遺言当時の遺言者の状態などを総合して判断されるので、認知症の方が作成した遺言書であっても必ず無効となるわけではなく、事案によって遺言能力の有無が判断されることになります。
すなわち、「公正証書であれば絶対に有効」とは限らず、後に遺言無効確認訴訟で判断能力の低下を理由に遺言が無効となった判例もあります。
→ 遺言能力が否定され、正証書遺言が無効となった判例
【高松地裁 平成24年3月29日判決】
遺言者についての成年後見開始等の申立てにおいて、医師は遺言者には財産を管理する能力がないとの鑑定意見を作成しており、この鑑定は、それまで長期間にわたり遺言者の診察に当たってきた医師によるものであること、その内容が合理的かつ説得的であること、そしてその鑑定結果に基づいて実際に成年後見開始の審判がなされたことなどを考慮すると、その鑑定結果には高度の信用性が認められるとしたうえ、遺言者の遺言は公証人により作成されているが、公証人が遺言の作成に関与したというだけでは、遺言者の遺言能力があったはずとはいえないなどとし、本件遺言当時、遺言者には遺言能力がなかったとして無効とした事例。
本件遺言当時の遺言者の長谷川式簡易知能評価スケール検査の点数は、30点満点中13点で中等度以上の認知症であった。
【横浜地裁 平成18年9月15日判決】
遺言当時85歳の老人の公正証書遺言につき、遺言の数年前から遺言者の入通院カルテ、介護施設での記録等に基づいて、公正証書遺言の前後の遺言者の生活状況、精神状態、担当医師らの診断内容等について比較的詳しく検討し、本件遺言当時、遺言者には記憶障害、見当識障害等があり、中等度から高度に相当するアルツハイマー型の認知症に陥っており遺言能力がなかったとして、公正証書遺言が無効であると判断した事例。
本件遺言当時の遺言者の長谷川式簡易知能評価スケール検査の点数は、30点満点中9点で高度の認知症であった。
→ 公正証書遺言が有効とされた判例
【東京高裁 平成14年3月25日判決】
公正証書をもって遺言した老女が、アルツハイマー型老年痴呆の状態にあっても、身の回りのことは原則として自ら行い、旧知の者との日常的会話も成り立ち、公証人に対し自己の財産を相続させることやその理由をも明瞭に述べるような事情の下においては、同老女に遺言する能力があったと認められるとされた事例。
最後に・・・
高齢者や特に判断能力が衰えている方が遺言書を作成する際には、細心の注意を払わなければ、せっかくの遺言書が無効となったり、逆にトラブルになったりする場合もあります。本人に認知症の兆候が見られる場合には、主治医や弁護士などと相談しつつ、遺言作成時の遺言者の状況をビデオ撮影するなど工夫して、遺言書作成時に本人の遺言能力がしっかりあることを立証するための証拠を確保することが大切です。